ダイヤモンド社 常盤亜由子さん
常磐さん

ダイヤモンド社 常盤亜由子さん

※編集部注※このインタビューは2009年5月に収録しました。常盤さんは2009年12月にダイヤモンド社へ転職されました。※

記念すべき第一回目にご紹介するのは、ランダムハウス講談社の常盤亜由子さんです。東洋経済新報社を経て2005年よりランダムハウス講談社に。

これまでにビジネス書を中心とするノンフィクションを担当され、『最後の授業』『ブルー・オーシャン戦略』など多くのヒット作を手がけられています。
(※2009年12月より株式会社ダイヤモンド社 書籍編集局に所属)

知的でさっぱりとした印象の、笑顔がとっても素敵な女性です。

厳しい就職活動の末にたどりついたのは書籍編集部でした

ーーなぜ出版業界に入ろうと思ったのですか?

私が就職活動をしていた当時は“氷河期”で、あまり悠長なことを言っていられない時期でした。だから節操なくいろいろな業界を回りましたよ。出版業界もその中の一つ。厳しい就活でかなりヘコんでいた時に、運よく東洋経済新報社が内定を出してくれたんです。

配属されたのは書籍編集部。一年目は、言ってみれば下積み生活でしたね。本の各部位の名称を覚えるところから始めて、先輩のゲラ(校正紙)の素読みをさせてもらったり、疑問出しをしたり、調べものをしたり、校正したり、赤字の引き合わせをしたり……。

そういう生活を何ヶ月か続けて、徐々に本の企画を立てる現場にも連れて行ってもらうようになりました。

ーー実際に業界に入ってみて、ギャップのようなものはありましたか?

実は私、学生時代に出版社でアルバイトをしていたんですよ。月刊誌の編集部。その経験があったので、それほどギャップは感じませんでした。
ただ若干驚いたことといえば、書籍のゲラって地味だなぁ、と(笑)。私がお世話になっていた編集部ではゲラは基本的に4色物だったので、1色で組み上がってくる単行本のゲラがなんとも渋く感じました。

もう一つ感じたことと言えば、雑誌と書籍の仕事の進め方の違いですね。
雑誌の場合は、編集長がいて、デスクがいて、何人かのチームワークでワイワイやりながら進めますよね。
でも、単行本は担当編集者が1から10まで責任を負うので、基本的に1人の世界。ようやく校了を迎えて「やったー、終わった!」と思っても、周りを見渡すと同僚は今まさに校了直前、なんてこともあります。そんな時は、手酌をしながら独り孤独に打ち上げをしたりして(笑)。

組織を作る過程に立ち会いながら、本を作るのもおもしろいかもしれない

ーー東洋経済新報社からランダムハウス講談社へ移ったきっかけは?

入社して何年か経ったころに、ふと考えたことがあるんですよ。「東洋経済という金看板を外して、私の名前一つで誰かに『本を書いてください』ってお願いしに行ったら、いったい何人の人が私の話を聞いてくれるんだろうか」って。何気なく頭に浮かんだその疑問が、なぜかいつまで経っても消えなかったんです。
ちょうどその頃、ランダムハウス講談社がビジネス書のラインを強化するために編集者を探していて。

東洋経済という名の通った会社で仕事を続けていくのは、すごく魅力的な選択肢でした。
一方で、当時のランダムハウス講談社は設立からまだ2年ほどしか経っていない新しい会社。迷いましたが、組織が作られていく過程に立ち会いながら本を作るのもおもしろいかもしれない、と思って転職を決意しました。

ーー転職した後で、一番の大きく変わったことは何でしたか?

ランダムハウス講談社はまだ小さな出版社です。初めてお会いする方には「ランダムハウス講談社ってどんな出版社?」と言われることも多いので、まずは会社の説明から入って…ということも少なくありません。そういう時、「ああ、自分は前の会社でずいぶん楽をさせてもらっていたんだな」と(笑)。

だからこそ、お世辞にも知名度があるとはいえない出版社の私と一緒に仕事をしてくださる著者の方や訳者の方のありがたみが、以前よりはるかによくわかるようになりました。
私を信じて一緒に仕事をしてくださるって、とてもありがたいことですよね。
なので、自分が担当する本は絶対に手を抜かない。そんなことをしたら、あまりに申し訳ないですよ。私ができる最大限のことをしようと思っています。

ライターさんに逃げられた!

ーー今だから言える失敗談はありますか?

大体のことって、その時は「あちゃー…」と思っても、そこから教訓が得られれば“失敗”ではないですよね。ただ、大変だったことならいっぱいありますよ(笑)。例えば、ライターさんに逃げられちゃった、とか。

だいぶ昔のことですが、著者の方からイベントに合わせて本を出したいという依頼を受けました。依頼を受けた時点でかなりタイトなスケジュールだったうえ、著者さんが「執筆する時間が満足に取れそうにないから、口述にしてくれ」と。そこで、口述をまとめてくださるライターさんを探すことになりました。きついスケジュールで引き受けてくださるライターさんがなかなか見つからなくて、ようやく知り合いの伝をたどって探し当てたんです。

最初のミーティングでは「余裕です!」と頼もしいことを言っていたライターさんでしたが、原稿締め切り3日前あたりから電話をかけても応答なし。いやな予感がして、何度も電話をかけ、ファックスも流しましたが、それでも返答は得られず。結局、締め切り当日にも原稿は届きませんでした。

ーー結局音沙汰なしですか?

いえ、ようやくライターさんから電話がかかってきたので、「全部書けていなくてもかまわないから、とりあえず原稿を持ってきてください」と言いました。直接お会いして、手渡された原稿を見たら章タイトルが1行書いてあるだけ。残りは真っ白。私の頭も真っ白(笑)。

そこから私が引き継ぐことになり、著者に謝り、テープを起こし、執筆をし……と、その時の記憶はほとんどないですね、忙し過ぎて。会社に泊まり込んでの作業が続いて、しまいには会社の先輩や同僚にも「常盤さん、唇青いよ」と心配される始末(笑)。

文字数がすでに決まったレイアウトだったせいで、ボリュームをいちいち調整しなければいけなかったのも大変でした。でも、この一件があったおかげでたいていのことは平気になりましたね。根性がつきました。

アイディアが成長していく場に立ち合えることの喜び

ーートラブルやもめごとはよくあることですか?

非生産的なもめごとはしません。でも、この本を良くしたいから、という実りあるディスカッションは毎回していますよ。いいアイディアなら誰から出たものでもいいんです。
例えば、私が考えた構成案にいい意味でのケチをつけられたら、それは進んで採用しますよ。

ーー柔軟性も大切なんですね。

難しいんですけど、さじ加減が大切なんですね。仕事を始めたばかりの頃は、バランスがわからなくて苦労しました。1冊の本作りに関わるメンバーの中で、最初から最後まですべての工程に立ち会うのは、たいてい編集者だけです。

原稿の執筆であれ、翻訳であれ、レイアウトの指定であれ、カバーのデザインであれ、「ここはどうしましょうか?」と相談されたら、その良きディスカッションパートナーとして役立つ存在でありたいと思う。と同時に、頭の中にある仕上がりイメージから逸れてしまいそうな意見が出たら、やはり言いづらいことであってもちゃんと軌道修正しないといけませんよね。

でも経験が浅いうちは、「プロフェッショナルでなければ」という気負いばかりが先に立って、結果的に自分の意見に固執してしまいがちだったんですね。いやな奴ですよ(笑)。

その反面、正直なところ、自分が正しい意見を言えているのかすらわからない。他にもっといい意見があるかもしれない。でも、編集者という立場の人間が「ごめんなさい、これはわかりません」と言ってしまったら相手を不安にさせてしまうんじゃないか…、なんて考えたりして。結局、カッコばかりつけていたように思います。

最近では、「私が頑張らなきゃ!」という変な気負いはなくなりました。それを超えて、お互いにアイディアを持ち寄りながら私一人ではたどり着けなかったところに着地するプロセスが楽しい。アイディアが成長していく場に立ち会えるなんて、いい仕事だな、と思います。そういう意味でも柔軟性って大切ですよね。

(続く)

ダイヤモンド社 常盤 亜由子さん vol.1

更新日: 2010年 4月 28日| このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

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