

サンマーク出版 橋口英恵さん
第4回目にご紹介するのは
サンマーク出版、橋口英恵さんです。
『検索は、するな。』
『千円札は拾うな。』
などのヒット作を担当されています。
やわらかな笑顔が印象的な女性です。
自分が作ったものが目に見える仕事
ーー編集者に最初なろうと思ったきっかけは?
学生の頃から、なにかコンテンツを作る仕事がしたいと思ってたんです。特に本だと決めていたわけではなく、あくまで自分の作ったものが見える仕事がしたいと思っていたので、テレビの制作会社なども受けていました。そんな中、縁があってうちの会社が拾ってくました。
編集者の仕事がどういうものか、学生時代は知らなかったのですが、面接の際に、本を作るっていうのは作家から原稿をもらうだけじゃなくて、自分で企画をしてその企画を著者にもっていって口説き落とし、一緒に本を作っていくことが大きな仕事のひとつだと知って、面白そうだなと感じました。
そして何より、この会社を受けたときに、すごくいい雰囲気だな、と思ったんですよ。この会社に入れば自分の力を最大限に生かせるんじゃないかなと。
ーー新卒で入られてからずっとサンマーク出版で?
そうなんですよ、七年目になります。新入社員や他部署からの移動で編集部の半分くらいが若い人で、気づいたらお局なんです(笑)。
ーー編集者は業界内での転職が多いと聞くのですが。
もちろん、辞めない人が全くいないわけではないですが、うちは新卒入社が多い会社なので。人の出入りが激しいということはないですね。「売れる本を作りたい」と思わせる、そのモチベーションが上がる仕組みがあるんですよ。
ーー社風ですか?
そうですね。代表の植木を始め、会社としても若い人の発想を面白がってくれますし、新人のチャレンジは、大いに歓迎。まずは挑戦することで成長させようという風土があると思います。私もそろそろ年長者にあたるので、編集部の若い人たちにどんどん活躍してもらえるように、しっかりサポートしていきたいと思っています。
著者との思いがけない出会い
ーー橋口さんの新人の頃のエピソードを聞かせてください。
『採用の超プロが教えるできる人出来ない人』は思い出深いですね。
入社して一年目で作ったんですけど、思いのほか、20万部売れたんです。
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ーーすごいですね!
大学時代までビジネス書なんて読んだことがなかったうえ、初めての企画編集だったので、まさに手探りでした。著者の安田佳生さんにとっても処女作だったので、「この本が売れないと安田さんはこれから本を出したとしても売れなくなってしまうんじゃないか」っていう責任を勝手に感じていたんです。「絶対売れるように!」っていう一心で作ったんですよね。
ーー安田さんとの出会いはどういった場面だったんですか?
入社してすぐの頃、先輩が担当し、私も編集のお手伝いをしていた著者の方の講演会があって、勉強になるからと先輩から勧められたんです。その講演は複数のスピーカーの方がいて、その一人が安田さんでした。始めはお目当ての方の公演だけを聞いて帰る予定だったんですけど、涼みがてら残っていたら安田さんの講演が始まったんです。気づいたらお話に聞き入ってしまって。
安田さんも本を書くことにご興味がおありだったようで、その後すぐ名刺を交換させてもらい、その講演テープを文字に起こして、「こういう面白い人がいたんです!」と会社に持ち込んだんです。すると社長が「これはすごく面白い人だから、すぐにやろう」ということになって。それで進み始めたんですよ。
ーー1年目ですごいですね!
ホントに今思えば、運が良かったの一言なんですけど。
ーー20万部売れた秘訣はなんでしょう?
著者の魅力そのものが、タイトルやテーマに上手に出た結果だと思います。どんなに編集者がうまい角度に結論を落とし込んだり、ドキっとさせる見出しにと工夫できたとしても、やっぱりそれは著者のメッセージありきのもの。企画でいちばん大切なのは、その著者に読者はどんなテーマの話をしてもらいたくて、実際に何をその著者が語ったらいちばん面白いか。その意味では、「採用の超プロ」というネーミングで著者の自身のテーマとかつ読者にとってアピールできる要素がうまく言い表せたのだと思います。
あとは、精神論に頼るのは好きじゃないんですけど、先述したように、この本に関してはとにかく必死に「売れてくれ!」って願ったんですよ。少しでも人目に着くようにと、書店回りはもちろんですが、自作のポップを作って東京はもちろん大阪まで回ったり、大学生にも広めたいと、大学の就職課に掛け合うために、あちこち奔走したり…。電車の中では必ずカバーが見えるようにしながら車両を歩いて、読者層に合いそうな人の前では立ち止まって無言のアピールなどをしていました(笑)。ちょっと恥ずかしい思い出話ですが、自分の企画で本を作ったのも、そしてそれが売れたのも最初の経験だったので、何よりの原体験として体に残っています。








[...] (続く) [...]