ダイヤモンド社 和田史子さん

現場で鍛え抜かれた新人時代



ーー新卒で入社した編集プロダクションでは、最初は書籍の編集だったのですよね?

はいそうです。文庫本や実用書、女性向けの占いの本などの編集を請け負っていました。出版社に提案した企画や出版社から依頼された企画を、形にしていく仕事です。出版社の書籍編集者のお仕事と、編集作業という意味ではそれほど変わらないと思います。そこでは、たくさんの師匠のような人たちとの出会いがあり、その人たちのおかげで今の自分があるんですよ。

ーーどんな方たちとの出会いがあったのですか?

上司や先輩はもちろんですが、最初に私を助けてくれた「師匠」は、同じ部の同期です。私とは正反対の、しっかりしたお姉さんみたいな女性でした。お互い入社したての新入社員なんですけど、私は彼女のことを「生まれながらの管理職」と呼んでいました(笑)。

入社して数ヵ月たったある日、取引先である版元(出版社)へ納品に行った時に、すごく急いでいて、納品する予定のゲラ刷りの一部を、うっかりコピー機に置き忘れて出かけてしまったんです。

そんなことに気づきもしない私は、急いで元気よく「失礼します、こんにちは!納品に来ました!」と取引先へ。すると、なんか先方の担当者が笑っているんですよ。で、私が納品すべきゲラ刷りの一部がないことに気がついてあわてていると、「もういただいてますよ」って言われて。

なんと、同期がコピー機に置き去りにされたゲラ刷りに気づいてくれて、すぐに担当者に連絡。「今急いで和田が向かっていますが、お渡しするゲラ刷りの一部を忘れたので、多少見にくいとは思いますが、ファックスでお送りしておきますのでご確認ください」とファックスを入れておいてくれたんです。見事なフォローでした。

同期は、同じ部署でも違う仕事をしていました。なのに、私があわてて出て行くさまとか、同じ部の人が今どこの取引先のどんな書籍の仕事をしているかなど、実によく把握してくれていたんです。

彼女のおかげで、周りが今どんな仕事をしているのか観察したり、自身も部の人たちに「報・連・相」を意識的にするようになりました。

ーーすごい気が利く方なんですね。

今でもそうですが、同期などの身近な人に教えてもらうことって多いですよね。彼女のさりげない気配りには、はっとさせられていたというか、「自分のことで頭がいっぱい!」だった当時の未熟な私には衝撃的だったんです。

あとは、最初に書籍の仕事したときの取引先である出版社の担当編集の方が、新人時代の一番の恩人ですね。入社して半年くらいで、初めて一冊一人で仕事を任されることになったのです。そのときに、出版社の担当編集の方に「和田さんは、うちに今年入った新人と同じように扱います」と言っていただいて。

この言葉が、その後の自分の仕事でおおいに励みとなりました。

編集プロダクションの下積み時代があったからこそ、今の自分があります。

編集プロダクションの下積み時代があったからこそ、今の自分があります。

ーー編集者としての和田さんの育ての親といった感じですか?

そうかもしれません。相手の出版社の方から見れば、私なんてあくまで取引先の下請けの人間。なのに、自社の新人さんと平等に扱います、と言ってもらったことがすごく誇りになったというか、やる気になりました。受注先なのですから、私を教える義務なんか、その方にはまったくないわけですよ。

ビジネスでいったら、新人よりもベテランの編プロの人が素早く仕事をして、納品してくれた方が、出版社にとっては効率的ですよね。それなのに、最初から「面倒を見る」とおっしゃってくださり、細かく厳しく指導までしてもらったので、本当にとても感謝しています。期待に応えたいと、がむしゃらに仕事しました。

ーー取引先の方からは、どんな指導を受けたのですか?

直接指導というよりも、「技を体で吸収する」という感じでした。たとえば、担当編集の方が誤字脱字や言い回しの修正を入れた、赤字の入ったゲラ刷り。実はそれが大変なボリュームのうえに達筆で(笑)、印刷所の方が読めないんですね。で、それを清書してから印刷所に戻していたのですが、赤字をひたすら書き写すことで、「ああ、ここに接続詞を入れると、文章の展開が明確になるんだ」とか、どう赤字を入れると文章がより分かりやすくなるのか、自分の手でやることで納得しながら、体に染み込むように、身についたんです。

今の私の原稿読みの基本は、その人に教わったものと言っても過言ではありません。何冊か担当させていただくうちに、自分も赤字を加えたり、見出しなども考えるようになりました。それが採用されて本になったときは、本当にうれしかったのを覚えています。

その方とは、1年くらい前に12年ぶりに再会し、改めて「あなたに育てていただいたおかげで、今があります」とお礼をお伝えすることができました。



編集プロダクションから出版社へ



ーー編プロには何年いたのですか?

3年ほどいましたね。編プロの良いところは、とにかく仕事を任せてくれるところ。私は書籍、雑誌編集を経験しましたが、たった3年で、ずいぶん実績を積むことができました。で、3年目に入り、雑誌の進行管理や後輩の面倒を見るといった仕事もしてほしいということになって。でも戸惑いがあったのです。まだ25歳で、自分はまだ経験不足だと感じていましたが、過分な役目をいただいてしまって、自信がなかった。今の自分は、今いる会社の外に出てもはたして通用するのか試したい。そして、もう一度、一から新入社員の気持ちでやりたいなと思い、出版社に転職しました。

ーー転職するときに他の業界ではなく、やっぱり編集がやりたいと。

編集の仕事にやりがいを感じていましたので、業界を変わる気はなかったですね。でも夢中になって仕事をこなしていく一方で、序々に「このままでいいのかな」という疑問や不安も感じ始めていました。

取引先である出版社のために「クオリティのいいもの」を「いかにコストを抑えて作るか」が、編集プロの仕事です。もちろん、売れなかったら次の仕事の依頼はこないでしょうが、極論すれば「作る」ことがゴールになっていて、「売る」ことまで、思い至っていない場合もあったのです。

たとえば、雑誌のある特集が好評で完売したとします。もし自分が出版社にいたら、この特集を元に広告部にタイアップ企画をもちかけたり、販売と次の特集の戦略を練ったり、もっと広がりが出てくるのではないかと思ったのです。

編集という「一部分」を請け負う仕事ではなく、もっと「作って売る」というビジネス流れの中で、編集に携わってみたいと思うようになり、出版社への転職を決意しました。

(続く)

ダイヤモンド社 和田 史子さん vol.2

更新日: 2010年 4月 28日| このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

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