幻冬舎 四元 恭子さん

第18回目にご紹介するのは、
幻冬舎の四本恭子さんです。


「また会いたい」と思われる人の38のルール
社員のモチベーションは上げるな!
などのヒット作を多数担当されています。


洗練された雰囲気と親しみやすい語り口の自然体でお仕事をされている女性です。
引きつけられるタイトルのコツや、ヒット作のエピソードを紹介していただきました。





取材とライティングをイチから学んだ編プロ時代



――編集者になられて何年目ですか?

編集プロダクション時代も含めると、6年目になります。


――では、一番最初は編集プロダクションに?
いえ、東京の大学を卒業してからは、地方銀行で外国為替を担当し、そのあとは個人や法人の融資をしていました。1年半後、東京へ遊びに行き、転職活動をしていた友人と求人情報を見ていたら、翻訳会社の募集を発見。英語が好きだったし東京で働きたいということもあって応募してみたところ、すぐに来て欲しいと言われたので、銀行を辞めてそこで3年間働きました。
そのあとはデザイン会社に転職して、DTPで本作り三昧。そのうちにだんだんと編集という仕事に興味を持つようになり、編集プロダクションに移りました。


――デザイン会社を経て、編集に。編集という仕事を初めてされたときはどうでしたか?
編集プロダクションにはDTPができるということで雇っていただいたのですが、もちろん取材をしたことも、原稿を書いたこともありません。
ところが、入社していきなり社長から「1カ月間で多摩のパン屋のガイドブックを作ってほしい。取材、執筆、DTPを含めて」と言われました。会社に入りたてで何も知らないということもあり、うっかり「わかりました」と答えてしまいました。


それからはとても大変でしたね。取材はもちろんのこと、写真を撮り、原稿を書いて、それを自分でDTPで組まなくてはならない。「多摩のパン屋」ということもあり、パン屋情報も自分で集めなければならなかったので、ネットや雑誌で調べたり、掲示板に書き込みしたりして情報を集めました。
原稿を書くのも初めてだったので、社長にものすごい量の赤字を入れられ、紙が真っ赤に。しかも社長の赤字が読めないこともあり、泣きそうになりました(笑)
取材を終えてへとへとになった後に書いていたので、もはや原稿ではなかったんでしょうね。いま思えば、日記のようなものだったと思います(笑)。

最低でも1日3軒は取材しないと、入稿に間に合わない。でも原稿が完成しても、次はDTPが待っている。途方にくれた私は、社長に「DTPまでやるのは無理です」と言いました。そうしたら「やっぱりそうだよね」と言われて。社長は、厳しいとはわかっていながらも、チャレンジする場を設けたいと思っていたみたいです。


その社長からはたくさんの刺激を受けました。女性で60歳を過ぎても現役バリバリで、取材にも行ってました。化粧品関連の撮影現場では、首にタオルを巻いて、誰よりもはしゃいでいましたね(笑)
そんな社長のもとでの2年間で、かなり鍛えられたと思います。



無給でもやりたいと思えた仕事



――編集プロダクションでは、ほかにどのような本をやられていたんですか?
グルメや旅、人物に焦点をあてたものが多かったですね。取材でグアムやオーストラリアに行ったときには、プライベート旅行とは比にならないくらいの優雅な日々を過ごすことができ、役得だと大喜びしていました。


その中でも一番楽しかったのが、某電機メーカーが毎月発行している小冊子の仕事で、本を紹介することでした。自分が好きな本の著者にアポをとってインタビューするという夢のような仕事。しかも、その小冊子は毎月16万部発行という比較的大きな媒体だったので、依頼をすると大体OKの返事をもらえたんです。


――会ってみたい方がいらっしゃったんですか?
たくさんいました。当時一番会いたかったのが、高須光聖さんです。ダウンタウンのテレビ番組の放送作家をしている方です。「放送室」というラジオ番組を7~8年ほど松本人志さんとやられていて、大好きな番組だったので、その方にアポが取れたときはすごくうれしかったですね。そのときは、政府系小冊子の「話題の人」という4ページの特集で紹介させてもらいました。


――では、会いたかった方に実際に取材されたんですね!
そうなんです。取材が終わった後、あまりやってはいけないと知りつつ、握手をしてもらったり、一緒に写真を撮ってもらったりしました。新人だから許されたのかもしれません(笑)。


編プロ時代は、体力的には相当きつかったんですが、本当に楽しくて、無給でもやるだろうな、と思いながら働いていました。それって純粋にこの仕事が好きだということなのかもしれませんね。


――なぜ編集プロダクションから版元に転職されようと思ったのですか?
編プロ時代に、「ずっと編集者として働きたいなら、いずれは版元に行ったほうがいいよ」というアドバイスをもらったんです。理由を聞くと、「自分の作った雑誌や本が、どうやって売れていくのかまで、わかったほうがいい」と言われたんです。
最初はピンとこなかったんですが、好奇心だけは旺盛なので版元に興味がわいてきて、ダメもとで応募してみたら受かって、出版社で働くことになりました。
あさ出版というビジネス書を扱う版元で2年働いて、その後は現在の幻冬舎に至ります。


(続く)




幻冬舎 四本 恭子さん vol.1

更新日: 2010年 4月 29日| このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

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