NHK出版 松島 倫明さん

時間をかけて原書と翻訳と向き合う



――翻訳書を担当されたきっかけは何だったのですか?

実は翻訳書をやろうというつもりは全然なかったんですよ。村上龍さんのJMMの単行本化が13巻で一区切りをつけ、その編集チームが解散になった2004年に、今の翻訳書の編集長が拾ってくれたんです。英語は得意というわけではなかったので戸惑いましたが、英語より日本語力が大切だからと励まされ、手探りで始めました。でもやはり英語の原文とゲラを突き合わせるとき、英語がスラスラ読める人だったら僕の3分の1のスピードで出来るのにと思うんですよね。だから、そこからかなり英語の勉強をしました。30歳を過ぎてからこんなに英語を勉強するとは思っていませんでしたね。


――翻訳書を作るうえで気をつけていることはなんですか?

もちろん、まずは誤訳がないことが最低条件ですが、それだけでは不十分で、最終的には日本語力が命だと思っています。僕もまだまだ修行中の身でえらそうなことは何も言えないのですが、「訳すこと」と「日本語として読めること」は違います。なので、「日本の読者に向けた日本語の本としての完成度」というのをいつも意識していますし、言葉の選択には非常に気を使います。著者の持ち味を生かし、翻訳者の文体とすり合わせながら、正解のない解を探していくわけです。そのためには原書と日本語の翻訳を突き合わせて、一文一文確認していくので、すごく時間もかかります。ゲラ読みを始める前には、「これから1カ月は穴倉にこもるぞ!」というような気分です。こもる前に意識的に毎晩人と会ったり飲んだりして、ある程度ソーシャルライフを充実させてから、ものすごく禁欲的に朝から夜までゲラ読みの生活に入るんです(笑)。


――それだけ入り込むと愛着がわきますね。

突き合わせの過程でその本の世界にどっぷり入っていくんです。そうすると著者の言いたいことやこの本の本当のセールスポイントが見えてきます。一語一語と向かい合うので、それがそのまま血肉となってくるんですよね。そうすると、その本のプロモーションのやり方とか、装丁のイメージなんかがどんどん湧いてくるんです。



今までのイメージから離れた装丁



――松島さんの本は装丁がどれも印象的ですね。

ありがとうございます。この前、取次の方から聞いたんですが、結局、書店でお客さんが本を選ぶときに見るところって、帯や折り返しのキャッチ、そして全体の装丁ぐらいしかないんですよね。開いてページをパラパラめくっても、それは読んでいるのではなくて、版面やデザインなど、全体のたたずまいを見ているだけで、中身はさほど見ていないと思うんです。だから装丁にはすごく力を入れています。書店での置き場や書評での取り上げられ方などにも、良い装丁ならではのアドバンテージがあると思っています。


――カート・ヴォネガットの『国のない男』の装丁も顔写真にインパクトがありますね。

これは紙や加工自体にはあまりお金をかけていないんですが、すごく良くできた装丁だと思っています。これがヴォネガットの遺作になってしまったのですが、彼の単行本の中ではおそらく一番売れて、ジュンク堂書店池袋本店ではこの12年間の海外文学の売上ベスト10にも入っています。もともと村上春樹さんの作品経由でヴォネガットのファンだったこともあり、僕の中ではすごく心に残っている本です。

国のない男
「国のない男」
 [ハードカバー]
 著者:カート ヴォネガット
 出版:日本放送出版協会
 発売日:2007-07-25
 価格:¥ 1,680
 by ええもん屋.com



ヴォネガットの本はずっと早川書房さんから出ていたんですよ。装丁は和田誠さんのイラストというのがずっとお約束でした。それが本書だけは弊社が版権をとれて出すことになりました。今までの流れを崩さずに、同じ翻訳者の方と組んで同じイラストで刊行することも出来たのでしょうが、どうしてもイメージを変えたものにしたいと思って、翻訳は金原瑞人さんにお願いし、装丁は全面でヴォネガットの顔写真を使ったんです。


――目力が強い、メッセージ性がある写真ですね。

これは写真家でもあるヴォネガットの奥様が撮った写真なんですが、目と表情で訴えかけてくるものがあって、見た瞬間に「これで決まりだ!」とひらめきました。
実はヴォネガット自身が「この本は自分の孫の世代に読んでほしい」と言っていて、それが装丁のイメージを変えたいと思った大きな理由です。なので刊行後、若い人たちが「この本で初めてヴォネガットを読んだ」とネットに書きこんでいるのをあちこちで見たときは、とてもうれしくなりました。これを読んでヴォネガットの昔の本も買ったという方も、たくさんいらっしゃるようです。現在13刷までいっていて、遺作となったことや爆笑問題の太田光さんに帯で推薦文をもらえたことが大きいと思いますが、今までのヴォネガット本の装丁の印象から離れたことで、新たな若い読者を開拓できたのではないかと自負しています。


(続く)

NHK出版 松島 倫明さん vol.2

更新日: 2010年 4月 28日| このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

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