
新しい展開を試みた『フリー』
――大ヒット中の『フリー』について聞かせてください。
これは絶対に翻訳権をとりたい、と思ったタイトルでした。オークションで5社と競った中で弊社ともう1社が同額で最高額になったんです。普段だったら社内ルールでオークション額が予算を超えた時点で諦めなければいけないんですが、このタイトルはいけるという妙な確信が編集部にはあったので、もう一度予算について社内会議をかけて、どうしても取りたいとお願いしたんです。それで1.5倍の補正予算をもらえて、なんとか競り落とせました。
――どこで「いける!」と思われたのですか?
デジタルな物が無料になっていくというのは誰もが感じていることだと思います。音楽業界を見るまでもなく、出版業界でも無料で読めるものがネットにいっぱい溢れていますよね。でも、この変化の中でどうすればいいのか、についてはまだみんなが模索中だというところに着目したんです。本書の中に何かたったひとつの回答といったものが書いてあるわけではないんですが、混沌とした無料経済について真正面から論じたものがこれまでなかったので、絶対に読者がいるはずだと思いました。
ただ、それがどのぐらいの規模でいるかについては、正直見当がつきませんでした。例えば出版業界とかメディア関係の業界の方は読むだろうし、あとはオンライン・ビジネスをしている方々も読むだろうけど、それがどの程度の広がりをみせるのか。5万部売れれば成功かなと当初は思っていましたが、結果的に現在18万部まで伸びていて驚いています。
――どういった経緯で小林弘人さんが監修につかれたのですか?
実は小林さんに監修をお願いしたことこそ、編集者としての僕の本書への最大の貢献だったかもしれません(笑)。もともと小林さんの著書『新世紀メディア論』は業界必読書でしたし、ネットで起こっているこの大きな変革を日本で解説できる方といえば、小林さんがベストではないかと思っていました。さらに、『フリー』の著者クリス・アンダーソンは米ワイアード誌の編集長なのですが、小林さんはかつてその日本語版を立ち上げて編集長をされていたこともあり、著者ととても近いバックグラウンドを持っている、というのも監修にぴったりだと思いました。
また、翻訳書というのはたいていは著者が日本にいないので、イベントをやったり、書店さんを回るなどのプロモーションを一緒にすることが出来ないというデメリットがあります。その点、小林さんは業界内で顔が広く知られている方ですし、小林さんが監修しているんだったら読んでみようかなという方も多かったと思います。刊行後のプロモーションでも小林さんの大車輪のご活躍でいろんなところから取材があって、そこで何度も本の解説をしていただいて、本当に感謝をしています。
――発売前にPDFで1万人に無料配布されたのには驚きました。
最初は社内でもすごく驚かれました。「発売前に無料で配りたいんですが」と言っても「ハァ?」という感じで(笑)。そんなことやったら売れなくなるし、本を売ってくださる書店さんや買ってくださる読者に対して失礼だとも言われました。確かにそれが当たり前の反応ですよね(笑)。
でもこれはアメリカ本国で著者のクリス・アンダーソンがやったことなんです。アメリカでは発売と同時にキンドル版、ウェブブックなどを無料で公開して、それを2、30万の人がダウンロードしていました。それは単なる話題作りというだけではなくて、まさに本書が提唱していることを証明しよう、という試みだったんです。つまり、無料にすることで関心を持ってもらえたり、知名度が上がったりしてユーザーのパイが劇的に増えるために、そこで興味をもって有料版を買ってくれる人も増え、最終的にはペイをする、というわけです。
一見損をしているようにも思えますが、そもそもデジタルの物ってコピーして分配することのコストはほとんど0円じゃないですか。だから1万部でも10万部でも、物理的にはほぼ無料ですぐに配れてしまうんです。かといって、では実際にどれだけの部数を無料で配布するかはすごく迷いました。最初は2,3千部という案もあったのですが、どうせやるなら「おお、すごい!」と思われるぐらいやろうと思って、発売の2週間前に1万部無料公開しました。100人くらいしかダウンロードしてくれなかったら格好悪いから、やらなかったことにしようと言っていたんですけど(笑)、おかげさまで公開してから2日目であっという間にはけてしまいました。そのことが話題になって、売り上げを加速させてくれたと思っています。
宣伝活動はツイッターで
――どのように無料配布について告知されたのですか?
今回の販売プロモーションは従来の弊社のやり方とはまったく違ったかたちをとりました。今までだったら新刊の発売と同時に新聞に広告をうっていたんです。今回はそれをやめて、小林さんや彼のインフォバーンという会社にご協力をいただいて、発売前のオンライン・プロモーションに力を入れました。まずは『フリー』専用のウェブサイトを作って、そこで1万人無料配布をやるとともに、実際に『フリー』をダウンロードしたり読んだ人がツイッターやブログでそれについて書くと、それがリアルタイムでサイトに反映されるようにしました。さらに、メディアやオンライン・ビジネスの業界で影響力をもつ方々を呼んで、「ライフハッカー日本版」というブログメディア主催の「フリーミアム」イベントをひらいたりしたんです。参加者たちはツイッターのフォロワー数が多かったり、有力ブロガーだったりするので、ここからも情報が一気に広がりました。ツイッターを主力ツールとして、口コミで広がっていくというバイラルプロモーションを仕掛けて、それが中身のテーマとも非常に合致していたのが勝因だなと思っています。
→FREEの特設サイトはこちら
――なぜツイッターに着目されたのですか?
どうせ本文PDFを1万人に配るんだったら、ツイッターといったバイラルを絡めて、口コミを一緒に起こしてくれるような仕組みにしたほうがいい、と小林さんにアドバイスをいただいたんです。そこで、無料で配布する際に、メールアドレスかツイッターのアドレスを入れてもらうことにして、『フリー』の公式アカウント(@freemiumjp)をフォローしてもらったんですね。そうするとツイッターで『フリー』のことを呟いてくれる人がいて、それがどんどん広がっていったんです。
今回の『フリー』はソーシャルメディアを使ったプロモーションという意味でもすごく勉強になりました。僕自身、ツイッターのアカウント(@matchan_jp)をすでに1年近く前に作っていたのですが、まったく放置していたんです。今回あらためて1冊の本の公式アカウントをやってみたことで、「『フリー』を読んでるなう」とか、「面白いけど厚すぎる!」といった読者の声がリアルタイムで拾えるしコミュニケートできるので、編集者にとって貴重なツールだということを認識しました。
(続く)







