マーケティングは「愛」



——「読者のニーズはどこから読まれるのですか?」
いろいろな方法で「読者のニーズ」を読み取る努力は日夜しております。新聞も雑誌もネットも書店も講演会も街中も、もちろん仕事上でお会いさせていただく方々からも。でも、いちばん大きな要素であり、効率的だと思うのはやはり「電車」ですね。僕は「読者ニーズ」のけっこうな部分を「電車の車内」から読みとっています。それを僕は「電車マーケティング」と呼んでいます。


電車に乗るときは「あえて、一番、最後に乗り込む」ことをよくやります。というのも、「あえて、一番、最後に乗り込む」ことで、電車に乗っていく人々の「動き」と「表情」をよく観察することができるのですね。人間が「素(す)を出す瞬間」っていくつかあるのですが……、1つは「この電車に乗り込む瞬間の行動」に素があらわれるんです。人間は基本的に「誰がそのメリットを得てもいいものに対して、どういう接し方をするか?」あたりで「素」がでるんですよ。「電車の座席」は知ってのとおり「早い者勝ち」ですよね。しかも、電車の外でならんでいる順番があっても、電車の中に入ってしまったら、そこからダッシュすることで、先に並んでいた人を追い越すこともできる。しかも、先に座った人に「私の方が、電車の外で先に並んでいましたので、あなた席を替わって下さい」とも言えない状況。まぁ、かんたんにいうと「手段を選ばないちょっといやしいヤツは座席に座れる可能性が高い」みたいなモードなわけですよ。だからこそ、どういう「顔」をした人が、どういう「動き」をして座席を取りに行くか? を、じっくり見ることで、「世の中の不安のレベル」が見えてくるのですね。「顔の表情」と「動き」に人間の「不安」は顕著に現れますから。


——「他に人間の素(す)が見えてくる状況はありますか?」
まぁ、僕は行きませんが、「バーゲンの洋服の取り合い」なんかも「素」がでるところですよね。あとは、「レストランでメニューを選んでいる瞬間」にも「素」がでますね。「レストランでのメニュー選び」ですから、ファミレスぐらいのレベルだったら、なにを選ぼうが「100%自分のことだけを考えて選択できる選択」なわけですよ。別に「ハンバーグランチ」に「デザート」を追加したって、誰にも怒られないじゃないですか。で……「100%自分のことだけを考えて選択できる選択」をしているときの人間の顔は、観察するのにいい材料なんです。今、もっているお金で、最大の美味しさというメリットを享受しようとしているときの顔ですから、見ていると、面白いですよ。どういう人間か、その「素(す)」が現れてしまいます。だから、レストランで自分のメニューを選びながら、そのときにも「他人のことに配慮できる人」を、たまに発見すると、この人はすごいなぁと、関心しますね。


——「電車からは多くのことがよみとれるんですね」
「1:顔の表情」と「2:動き」とともに、大切な3つ目の要素は「3:会話の内容」ですね。実は、内緒にしていたのですが………電車の中は、「盗み聞きしても誰にも怒られない」のですよ(笑)。だって、場合によっては、10センチ横で、女子高生が彼氏の話をしていたり、サラリーマンが酔っ払って上司や部下の悪口をしているわけですが、もう、リアルに臨場感のある会話を「盗み聞きし放題」なわけですよ(笑)。そこでの「会話の内容」は、本当に「読者のニーズ」を知るのに効果的ですね。


多くの編集者が勘違いをしているのは、「読者のニーズ」を知ろうと思って、メインリーに書店にいってしまったり、新聞を読んでしまったり、雑誌を読んでしまったりするんですよ。でもですね、おバカの僕を含めた「いわゆる一般大衆(マス)」は、「書店」なんか、めったに行きませんからね。「書店」というところは、かなり頭のいい人々が9割がた占めていて、僕みたいな偏差値30代のおバカや一般大衆(マス)は基本的に「コンビニ止まり」なわけですよ。「書店」には、目的があるときにだけ、たまにいくレベル。だから、本当の一般大衆(マス)のニーズを把握するには、「コンビニ」とか「電車」がいいわけですよ。ですから、世の中の人々の頭のレベルが「ほぼ偏りなく均一に存在している」という意味で、そして、隣の人々の会話を「盗み聞きしやすい」という意味で、「電車マーケティング」が、「読者のニーズ」を察知するのには最適なのです。そこから「察知」していくわけです。


もちろん「察知力を磨いて、察知力を全開」にしておかないと、その会話の内容から、「読者の奥に隠れたニーズ」を「察知」していくことはできません。「話の内容」をそのままうけとるのではなく、愛をもって疑うのです。「この人の言っていることの本当の真実はどこにあるのかな?」と考えて、その「真実」を自分の中に蓄積していくのです。すると世の中の現状が読めて、今の「読者の声なき声」が拾えて、それが、「売れる本」をつくれる要因になっていくわけなんですね。読者は、編集者に「こんな本をつくってください」と言ってこないわけですから、まさに、「読者の声なき声」を具現化してあげたときに、ベストセラーが生まれるわけです。


——「人の心を察知するのは難しいですよね。コツは何でしょうか?」
「読者のニーズ」を察知していくこと、すなわち「マーケティング」はすごく難しく考えられることが多いのですが、実は、逆にシンプルに考えることが必要なんです。つまり、マーケティングの根本は「愛」なんですよ。「愛がない人」っていうのは人に強くないので、人に接したがらないし、だから人の心も読めないんです。で、そういう人たちは、本人が悪いのではなくて、「親とか環境」に愛されてこなかっただけで、ある意味では被害者でもあるわけなのです。だから、彼らを責めるわけではないのですが、「理屈はこうなっている」ということで、お話しますね。


たとえば、「電話」がそうなんですよ。実はですね…「自分が取らなくていい電話を取った回数」と「その人の売り上げ」は完全に正比例すると思っています。これは、「誰がやってもいい仕事を率先してできる公共心をもっているかどうか?=愛があるかどうか?」が問われているわけですから、当然、「愛がない人」は、電話もあまりとらないし、売れる本も作りにくいわけです。もちろん部長以上の「役職者」とかは抜きでの話ですよ……。だから、「電話を取らなくても誰にも怒られないから…」ということで電話に出ない人、「廊下にゴミが落ちていたときに、私はゴミ拾い担当ではないし、拾わなくても誰にも怒られないから…」ということでゴミを拾わない人、人と接するのが怖かったり配慮がたらなかったりして「内線をかける比率が他の人より高い人」、挨拶ができない人、「ありがとう」が言えない人、「ごめんなさい」が言えない人、その人たちは、残念ながら、「愛が足りない」ので、売れる本がつくりにくいのだと思います。本人のせいではないのですが、「愛をたくさん受けて育つ機会」が少なかったのでしょうね。でもですよ…「愛のない人のつくった本」がどんどん売れて、「愛のある人のつくった本」がぜんぜん売れなかったら、これはこれで「おかしな世の中」になってしまうので、やっぱり、世界は「ちゃんとした法則と道理」によって、成り立っているのだとおもいますよ。


——「愛とは何でしょうか?」
「愛」とは、自分を大切にできる力であるし、ひいてはそれは、他人を大切にできる力だと思います。そして、「自分を許す力」であり、「他人を許す力」でもあります。だから、まず自分を大切にしてあげること、自分が自分を愛してあげることが出発点で、その上ではじめて、他人を愛せるようになるのだと思うのですね。だから、たとえ「親に愛されなかった」という理由で、「愛が少ない状態の人間」だったとしても、そこから気づいて、復活すればいいと思うのです。たとえ、家庭環境などの理由で「愛されていなかったから、愛が少ない状態」だったとしても…、勇気をもってまず、自分を愛し、そして自分から人を愛することができれば、愛が増えていって、人に強くなっていって、人の心を深く深く読んでいく能力が高まっていって、人から逃げなくなって、「売れる本」がつくれるようになると思うのですよね。きっと、「根本」はここ、つまり「愛」にあると思うのです。だから、「売れる本をつくっているベストセラー編集者」に共通するのは、みな一様に、「人間に強くて、自分を愛していて、人を愛せる、そんな愛をもった編集者」だと思います。僕は、そんな編集者たちが、大好きですね。



キーワードは「不安」



——「最近の『電車マーケティング』からは、どんなことを感じ取られましたか?」
世の中を動かしているのは「人間の感情」なんです。論理的に正しいことを言っても、「感情」が動かなければ、人は動きません。たとえば、「失敗は成功の素」っていう有名な言葉がありますよね。あれを、誰かに納得してもらうとしますよ。そのときに、例えば、このように言ったら、どうでしょうかね…。「失敗は成功の素ってよく言うでしょ、はい、だから、今すぐ失敗してください、そうすれば成功するから!」って言われても、「はい、じゃぁ、成功したいから失敗します!」っていう人は、なかなかいないですよね。「論理的には正しい」のは分かってはいるのですが、それを納得して行動に移すに足る「感情の動き」がないからなんですね。そして「人間の感情」は、大きく分けると「愛」と「不安(恐怖)」の2種類なんです。どちらの「切り口」から本をつくれば、多くの人々に手にとってもらって、その人の人生をよい方向へ変えていけるかというと、「電車マーケティング」から受け取った今のトレンドは「不安」ですね。


なにしろ、リーマン・ショックに端を発した「100年に1度の危機」とも「500年に1度の危機」とも言われる今回の経済危機は、回復軌道に一度はのったようにみせかけて、欧州の財政危機もあり、米国の失業率は10%に迫る歴史的な高水準です。日本も含めて、世界経済は「出口の見えない低成長期」がこれからしばらく続きます。人間は、「賢い」もので、日本国民全員が、心の奥底では、もうわかっているんです。「もう、じゃぶじゃぶ儲かるようなバブル経済はやってこないんだ…」とか「自分達の老後は年金はもらえないんだ…」とか、実は、みんな、もう、わかっているんですよ。環境問題、温暖化、人口爆発、水問題、食糧危機、と、世界の問題は山積みで、しかもみんなそれを分かっていながら、見ないようにしているだけなんです。だから、将来に向けて、「生存本能的な不安」を抱えているんです。ですから、たとえば「A:会社をクビにならないために」という表現と、「B:会社でうまくいくために」という表現だと、今の時代は、「A」の方の本が売れますね。


また、最近、電車の中で以前よりさらに目立つようになった人の種類に、「席を必死に確保する人」「ぶつかっても気づかない人」「他の人の状況にいっさい関心がない人」が多くなりました。というのも、みんな、「他人に関心をもっている余裕がない」んです。本人が「傍若無人(ぼうじゃくぶじん)」だからじゃなくって、不安が大きすぎて、人のことを考えている余裕がなくて、愛が少なくなっている状態なんです。でも、そういう状況を続けていると、よけいに「愛」が少なくなっていく。不安で、怖くて、人と接するのが怖いから、どんどん「感情のシャッター」を閉めていくんですけれど、それだと、余計に人に接するのが怖くなってしまうんです。「勇気」を出して、まず、自分を愛して、人も愛せるように、なっていってほしいですね。これは、自分自身に対する「戒め」でもありますよ。そのために、僕らも読書の「愛」を育てるような本を、出来る限りつくっていきますよ。


——「他に本が売れる要因としての人間の感情には、なにがあるのでしょうか?」
アメリカで58年間活躍していた伝説のコピーライター、ジョン・ケープルズさんの書いた『ザ・コピーライティング』(ダイヤモンド社)という本の中に、人間が物を買う動機には4つあると書いてあります。1)不安、2)欲、3)セックスアピールに関するもの、4)義務感/自尊心/プロ意識です。この方は、「通信販売の会社」の方なので、どんな広告を打ったら何件の注文が発生した…というように、個数で科学的にデータがとれるのです。その「通信販売の会社」で50年間以上にわたり実際にデータをとって調査した結果なので、「科学的に信憑性のあるデータ」です。『ザ・コピーライティング』の著書の中には、その4つの順位まではついていませんが、僕はその「1~4の順番」だと、今までのマーケティングの実績から確信しております。「1:不安」が解消されないと「2:欲」にいけない。そして「2:欲」が満たされた後に「3:セックスアピールに関するもの」が満たされて、そして、意識が上がっていって「4:仕事の義務感やプロ意識」が目覚めるのだと思います。今は社会がどんどん閉塞化しているので、「1:不安」の解消に、いろんな人のニーズが集まってきているのです。つまり、大勢の方々が、経済情勢の流れもあって、一番最初の「不安」をなかなか解決できない状態まで、追い詰められているのだと思います。


たとえば1989年までは「株の本」が売れたのに対して、1990年以降は、「経済不安もの」や「自己啓発、勉強もの」、つまり「自分で頑張らないと誰も助けてくれない」という内容の本が売れていますね。このように、これからしばらくは、「不安」という大きなキーワードをベースに進んでいくので、その切り口から「読者のニーズ」を考えて、そういう人たちを助けたり、復活の道しるべを示したりするような本が、売れていくのだと思いますよ。つまり、話の結論としては、「売れる本」を作るためには、「読者ニーズを把握すること」が必要であり、その読者ニーズを把握するための「マーケティング」に一番必要な、根本の根本が「愛」なのです、That’s All.

(続く)

ザ・コピーライティング―心の琴線にふれる言葉の法則
「ザ・コピーライティング―心の琴線にふれる言葉の法則」
 [単行本]
 著者:ジョン・ケープルズ
 出版:ダイヤモンド社
 発売日:2008-09-20
 by ええもん屋.com

ダイヤモンド社 飯沼一洋さん Vol.2

更新日: 2010年 9月 13日| このエントリをはてなブックマークに追加このエントリをdel.icio.usに追加このエントリをLivedoor Clipに追加このエントリをYahoo!ブックマークに追加このエントリをFC2ブックマークに追加このエントリをNifty Clipに追加このエントリをPOOKMARK. Airlinesに追加このエントリをBuzzurl(バザール)に追加このエントリをChoixに追加このエントリをnewsingに追加

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コメント / トラックバック1件

  1. 大野夏美 より:

    以前からブログを拝見させていただいたおりました。

    とても参考になりました。
    ありがとうございます。

    「電車の中で、素がでる」ということに
    ドキッとしました。

    余裕のある自分を想像して
    やってゆこうと思います。

    ありがとうございました。

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